「自分の場所」は、どこ?

今、誰かが読んでくださってる「ちゃまぐ」も、今は千人単位で読んで貰ってるみたいなんです。ありがとうございますm(_ _)m ま、勝手に書いて勝手に読んでてお互い様なんですが(^^; これの前身の「chamaっ記」いれるとそろそろ2年近く書いてるんですけど、最初に書き始めた頃は誰も読んでくれてなかったですね、奥さん含めて(^^;

仕事も無くて暇でしたから毎日書き続けて、最初にケンさんのクラスの生徒さんから「読んでみました」ってメール貰ったのが一ヶ月後くらいだったかな?その頃の雑記はその後ホムペの模様替えの時にどっかに消えてしまったので確認できないのですが、なにしろ一ヶ月位は誰に書くともなく、ただただ書いてたんです。発信したい欲はあったけれど誰にも求められてなかったから、「日記だもの」みたいに自分を慰める感じで書いてた気がします。でも書く事で、自分のヨガに対する思いや考えを自分の中でまとめたり、どうやったら誰かに伝わるのかしらと思いをあぐねた事はホントに収穫でした。

でも、もちろん今のように「誰かが見てくれてる」と思って書くほうが、書く気もおきるし、続けられる。まだまだ僕には対象が必要なんです。

堂本兄弟の堂本光一さんが、夜中にやってる青年を交えたテレビの討論番組みたいので、芸能活動をやってて、学校とかで誰かになんのかんの言われたりしたらしいんだけど、何言われても「仕事場」って場所があるからへっちゃらだったって。

前にラジオで心療内科医の方が、なんらかの理由でココロに障害がおきてしまったり、ストレスから身を守る為に「自分の場所を持ちなさい」みたいな事おっしゃってたんですね。たとえば近所の喫茶店でもいいし、それが家族とかだったらさらに良いのかもしれないけれど。

で、それをちょっとヨガっぽく突き詰めると、その「落ち着ける自分の場所」が自分の中にあれば、一番効率も良くてお金も掛からない(^^;んですよね。でもなかなかその場所がみつからないから、僕達は旅をしたりモノを買ったり恋をしたり、あれこれと外を探しまくるのかな。僕だって、一人で家で勝手にヨガやってればいいのに、お節介に人に伝えたり文章書いたりして、自分の存在と役割を、あくせく求めてるし。

ヨガに関しては、自分からテレビとか雑誌に「出して!!」ってモーション起こした事は一度も無かったんですね。告知や広告は、束縛されずに自分の範疇でできるWEBサイトさえあれば良いと思ってたし。

ただまたバンド始めて、ただ歌いたいからだけで始めたんだけど、見世物の自分についてちょっと考えてたんで勝手に自分に対して確認の書きなぐりでしたm(_ _)m