外食

山形で連れてって貰ったり、作って貰った食事は、どれもおいしかった。

最近は移動が多くて、平日は東京単身赴任者の僕は、ぶっちゃけ食事まで気がまわっていない。この細胞の、どの一個々々も、いま食べたものでできてるってゆーのに。

今日は2食した(その後、渋谷男塾にも参加したけど)。2食とも「外食」だ。

朝のクラスのあとは、「松屋」の納豆定食。この390円の売上げが積もって牛さんの肉が買われる事はジュウジュウ承知しながら、自動販売機の「納豆定食」ボタンを押す東京のヨガイントラもどき。ふっ。でも朝メシに困った時は、時々来るんだ。

今日は、もう一回食べといた方がいいなと思って、夜のクラスの前に「てんや」で野菜天丼の小盛り。

どちらの外食チェーンも、最近は外国人従業員の方の率が高い。朝の松屋で働いていた3人は、おそらく全員中国系の方だったけど、店内では完全に日本語でコミニケーションをとっていた。スゲーかっこいい。

いまNHKの趣味悠々って番組で、「古代研究」って学問を、たぶん創設したのかな、折口信夫さんについてを、中沢新一さんが話し手でやってる。

どっかのネットからの抜粋↓

「中沢新一さんの話では、折口信夫のいわゆる認識論も語られていた。折口の言葉によれば、「別化性能」と「類化性能」といった二つの認識類型に分類していて、分かりやすく言うと、別化とは違いを中心に考えてゆく。類化とは、似ているを中心に考えてゆくということだろう」

「外国人(この国では、あえて「外人」って言った方がいいのか)」が作った「外食」が、僕の内に入って、僕の隅々まで拡がっていく。

やっぱり僕は、「別化性能」を上げられそうにない。