ヤスクニ

バイク便の配達をしてた頃。

僕は、この仕事が大好きだった。朝早く起きて、運んで、夜は家に帰って、奥さんとご飯を食べる。雨の日は大変だけど、さらに命がけだけど、その分、歩合が高かった。僕がいた会社は、雨の日3回休むとクビだった。

社内にあるメッセンジャーの溜まり場に、社長が時々きた。メッセンジャー上がりの社長は、自分でトラック運転してチラシを巻くような、いろんな武勇伝を沢山持ってるような、でも礼儀正しい人だった。

ライダーになって間もなかったけど、僕は30才過ぎてて、東京はバイクで15年位走ってたし、ちょっと前まで広告仕事の激務の中タクシーばっかり乗ってたから、道は詳しかった。ライダーとしては、たぶん優等生だったと思う。僕は、その社長に「靖国神社での花見の場所取り」を頼まれた。

19才の同僚と一緒に、前の日の深夜からヤスクニに泊まった。彼は将棋のアマチュア有段者で、僕はチェスが好きだった。僕は「コッチの土俵」をヤスクニに持ち込み、何度か勝利してほくそ笑んだ。若くて勝ち気な彼は、それは悔しがった。僕は次に、トランプカードをメッセンジャーバッグから出した。

結局、ヤスクニで花見はできなかった。理由は覚えてないけど、お坊さんだったかな?誰かが出てきて、「ダメ」って言われた。

その後、先輩にどうするか確認して、指令で近くの西郷公園に1人で場所取りに行った。しばらく待ってたら、「もう千鳥ヶ淵で宴会始まってるよー」ってPHSに連絡がきた。

場所とり係が最後にきて(^O^)やっと全員集合、僕はいつものように最後の一枚まで脱ぎ、周りの花見客にお祝儀をもらった。いつも瞬間々々を走る楽しい仲間達と、本当に楽しい花見だった。

その後、僕は高速で「車」の大事故を起こして、死にかけた。さすがに親も妻も心配したから、バイク便の仕事を辞めた。事故がなかったら、今も同じ仕事をしてる気がする。