マイソール2週間目

1/22(月)
一週間休み、久しぶりにシャラートのシャラへ。
実はシャラートのシャラには、自分の練習と、もう一つの楽しみがある。

ちょうど同じ日にシャラート道場に「入門」したおじいさんがいる。
まだ話はした事ないけれど、たぶん70越えてるかな?欧米出身の人だと思う。

たぶん、アシュタンガヨガをマイソールに来て初めて経験したんだと思う。最初の日のスーリヤナマスカーラAから、シャラートが少しずつポーズを足しながら教えている。

「今日はどこまでやるのかな?」「このおじいさんに、シャラートはどうやって教えるのかな?」毎日、朝シャラに行くまで、自分の練習そっちのけで、これが気が気でならない(^^;

はじめてマイソールに来た時、シャラには12人位しかいなくて、たぶん初めてシャラでアシュタンガと出逢ったおじさんに、グルジが、サンスクリットでカウンティングしながら、そうやって教えていたのを思い出す。

「おじいさん」が「安心して」アシュタンガヨガのマイソールクラスに毎朝来れる環境。インストラクター。いろんな要素や人が絡まり合って、アシュタンガヨガの2007年1月。デビッドのWSの最終日の事も思い出した。

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12/15(金)
セカンドTT最終日。今日はカールとペアになって、スタンディング全部やった後に、セカンドのポーズ全部(マイソールでのセカンドレッドとは少し違う)を、順番に。

カールは、昨日ペアだったダニエルよりも、さらに大きくて、重さもある。190cm以上で、100キロくらいあるのかな?もうこのレベルだと、体重の見当もつかない。タリックを除いたら、初めてのサイズだ。いい経験になった。が、腰にはくる。「後に練習」をチョイスさせてもらったけど、バックベンド系はきつかった。

昼は、またスタジオ近くのサークルってヨガっぽいカフェでランチ。いろんな国の、ヨガとヨガスタジオ事情に拝聴。ティムのスタジオの事を話すと、TTでデビッドも「アシュタンガプラナヤーマならティムの所」みたいな事言ってたのもあって、みんな行きたがっていた。

午後は、生徒がトピックを立てての、まー雑談。どうしても「昔のグルジ」とか「昔のシャラ」とかの昔話が多くなる。こーゆー話は「オールドスクール(デビッドは自分でそう呼ぶ)」の人達からしか、聞けないからね。

1998年に、アシュタンガヨガの本をデビッドが出した時。「本出したけど、大丈夫ですか?」って聞いて、もし「ダメだ」って言われたら面倒だから(^^;グルジに本を送ったそうだ。で、電話で

デビ「本を送りました」

グルジ「イエス」

デビ「どうですか?」

グルジ「ワンバイワンバイワン、コレクト。ワンバイワンバイワンバイワン、インコレクト」

って言われたそうだ(^^;

その後、ワークショップに来た人がデビッドの本を持ってサインをお願いされた時に、本を開けたら、グルジの写真の周りに「グルジファミリー全員の」サインがしてあったそうな(^^; デビッドは、それを見て、一応「オッケーしてもらった」って事にしといてるらしい。でも、もし今またあーゆー本を書くとしたら、あれとは違う事を書くだろうと。来年、今度はアサナよりじゃない本を出すとも言ってた。また来年末には、リチャード、ティム、エディ、デビッドとかのメンバーで、アシュタンガヨガのカンファレンスをマサチューセッツで行う予定だとも言っていた。

「アシュタンガヨガは、怪我をするヨガ」って、ある意味での「誤解」も、欧米で最初に普及したアメリカでは、やっと解けてきているのかもしれない。「テーチャートレーニング」をしながら世界中を回って(この言葉の使用について、今の所は直接何も言われてないそうだ。言われたら「ヨガ&イマージェンシー」とかに変えよっかなって言ってた(^^;)、デビッドが「アシュタンガヨガの普及」に貢献した功績が、とても大きいのは事実だろう。

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先週、ノアとランチで隣になった時。また聞いた。

ち「グルジとシャラートは、セイムか?」
ノア「??」(そりゃ、ちがう人間だからね(^^;) 
  「ティーチング?」
ち「いえす」
ノア「セイム」

ついでに、もっと聞いた

ち「もうスタジオやらないの?」
(ノアは、ロスアンゼルスでとてもサクセスフルなアシュタンガスタジオを運営していた)
ノア「今はやらない。」
ち「どうして?」
ノア「レスポンシィビリティ。今は、楽だ。」
ち「ずっと?」
ノア「何年かしたら、またスタジオを開くだろう。でも、ハワイで。」

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グルジがメインのシャラに立っている間は、NOAもそこで練習をし続けるんだろう。
僕がシャラートの近くで練習をできる時間は、きっともっと長いんだろう。

(次回からしばらくは、去年末に行われたシャラート・リトリート@ゴア)