元ハンパなオタクは沢尻エリカの彼氏に嫉妬する。

今日のタイトルはWOWOWでやってたアニメBACCANO!風のつもり。かなり難解アニメです。

昨日はのみさん(10月に江坂で生理解剖ワークショップ、前回WSが定員で参加できなかった方は、この機会に!)夫妻と、くらさん(しつこいようですが女性です(^^;)と一緒に伊豆大川の川に行った。のみさんの奥さんの雅江さんがおにぎりを作ってきてくれて、くらさんがパンとか持ってきてくれて、僕らはビールを持っていった。その帰り、のみさんの家に行って、東海テレビの「a life」という30分番組で、のみさん夫妻が特集された映像が完成してDVDに焼かれて送られてきたらしく、みんなで鑑賞会となった。

「ちゃまさんは、メカとかコンピューターにつよいよね」
「ガキの頃から秋葉原かよってたから。でもヨガにハマってから、ずいぶん遅れてる」
「みんなipodとか使ってるけど、よくわかんなくって」
「フランスの下院では2006年に(ituneとかで)ダウンロードした楽曲を、(ipodとか)特定のプレーヤー以外の(他社の)ミュージックプレーヤーでも再生できる法案を可決したらしいっス。アップルから猛抗議が入って、上院では骨抜きになっちゃったらしいけど。」

ってウンチクを披露した。この法案が決まると事実上無限コピーが可能になるから「ヨーロッパでは国家単位で著作権フリーの方向に向かってるのに、日本は著作権保護の方向で国家単位で動いたんで世界の流れからずいぶん遅れて、音楽や映像のビジネスもコンテンツ自体も影響を受けたみたいだけど、カルチャーに関してはどーなのかしらねー」って気持ちで話したこの話は、2年半前にでた高城剛の「ヤバいぜっ!デジタル日本-ハイブリッド・スタイルのススメ-」からの受け売りだ。

秋葉原は好きだったけど、本物のオタクほどスペシャルではなかったし、アキバの帰りに湘南に行ってサーフィンするような、僕レベルの元「ミーハーなメカ好き」には、高城剛はちょっと「妬ましい」存在だ。いまじゃ「沢尻エリカの彼氏」の肩書きで有名なんだろうけど、映像作家として、DJとして、メディアや国境を超えて活躍し、総務省の委員会にも所属し国家に対しても物を言える存在。らしい。3歳上の彼は、僕が20歳くらいのときに「ハイパーメディア・クリエーター」として、突然テレビに登場した。「打ち込み音楽やりたいけどお金ないから安い機材しか買えない、マッキントッシュ買って映像やりたいけど、それこそとんでもない」な環境だったレゲエ飲み屋のマスターの僕は、テレビの彼をみて「嫉妬」して、たぶん毛嫌いして「イタい奴」扱いした。でも高城剛がテレビとかで言っていることを、どっかで「受け売り」して話した回数は、両手では足りないだろう。会ったことないけど、もし会えたら、かなりコンプレックスを感じながら「話を聞くだけ」になるだろう。「ヨガの話」以外では。

ワークショップで日本を巡るようになってから、特に伊豆に引っ越してから、移動の時間が増えて読書量が増えた。会社から離れたところに住んでる会社員の方々は、さぞかしたくさんの本を読めることだそう。でも重い本は運ぶの大変だから、どうしても文庫本や新書版が増える。特に品川の駅で移動の途中の時間調整で本を買うことが多いのだが、たまに本選びに熱中しすぎて新幹線に遅れる。高城剛の本も、「妬ましい」存在なだけにいままで毛嫌いしてきたらしいが、たまたま渋谷の文教堂の売れ線コーナーにあったので、タイトル自体のセンスが「ヤバいな」とは思ったけど(^^;ちょっと勇気をだして買ってみた。テレビで見たまんま「熱い」高城ワールドで、「〇〇は終わった!」系の断定調の文体と俺様自慢は「WEB進化論」に影響されたタイプ(僕も(^^;)に影響与えそうなとこ大だが、2年半前の古い本ながら「事実として」学べることも多かったし、なにより同世代な、同感覚な感じを受けて一気に読めた。たぶん彼の中では未来はすでに相当なリアリティをもって見えていて、それを実証するために活動や実験や旅を続けているのだろう。

最近、伊豆で英語の先生を見つけたので、その為のノートを作ろうと探してたら、5年前のノートに空きスペースがあったのでそれを使ってる。5年前のノートには、そのとき、日本のヨガというカルチャーの中で「やると覚悟を決めたこと」が書いてあり、ある程度できたことには×がしてあった。4分の1くらいには×がしてあったけど、残りの半分以上は、2008年の今でも×をつけられない。まだ手すらつけていないこともたくさんある。あの時、リアルに感じ、僕には見えていたこと。そうなったこともあるし、そうならなかったこと、まだなっていないこともある。

イントラも社長業もアウトプット職といえばそうだから、暇があったらインプットしたい。インプットできなきゃ出すもんないし、僕はサイキックじゃないから未来も見えない。「出す必要があるから溢れ出す」のが、人にモノいうことが職業になった時の本来の在り様だと思う。だから「教えるために、ティーチャーズトレーニングに行く」という風潮を、僕はどうしても好きになれない。「伊豆に引っ越したのに、アクセク生活することないのに」ともしょっちゅう言われるが、ただ好きでやってることで、言い方を変えれば性分だ。「僕は本来、人を楽しませるのが好きなんだ」とは宮崎駿監督がテレビで言ってた言葉だけど、そういうことなのかもしれない。

11月から伊藤・桜井両先生と始める「TYGアシュタンガヨガコース42H」では、「自分自身の実践と哲学を深めたい」人達が、その手がかりや地図を見つけて欲しいし、そこからもし何かが溢れ出したら、それを誰かに伝えたいと思えたらいいなと思ってます。そんな「楽しみ」を伝えられるように、僕も「楽しく」探求を続けたいし。