グルジの思い出 合掌

昨日、アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガの「グルジ」、シュリ・K・パッタビジョイス師がお亡くなりになられました。

SHRI K. PATTABHI JOIS ASHTANGA YOGA INSTITUTE
May 18, 2009
Guruji passed away today at 2:30pm (Indian Standard Time). Thank you for all your condolences and prayers. Please kindly refrain from contacting the family directly at this time.

謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。

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2003年暮れ。「シャラス先生のお父さんがお亡くなりになり、メインスタジオはクローズしてる」と聞いていたけど、ホームページにも、そう告知されていたけど、初めてインド・マイソールに行ってみた。初めての南インド。

メインスタジオの向かいにある、グルジの娘のサラスワティ先生の家に部屋を借りた(当時サラスワティ先生はその家の2階でマイソールクラスをしていた)。メインスタジオの目の前だ。クローズしているはずのメインスタジオでは、グルジが一人で教えていた。うわっ、本物だ。

練習している生徒といえば、弔問に訪れたグルジファミリーにごく近い大先輩達が数人(デヴィッドスウェンソン、ジョンスコット、ティムミラー、アレックスなどそうそうたるメンバー)、そしてあとの一人はアシュタンガやったことなくてたまたま来た旅行者。70人くらいが一緒にプラクティスできる新しいメインスタジオで、練習してるのは10人くらい。なんて贅沢な「はじめてのマイソール」。

ついつい大先輩達の洗練されたヴィンヤサに目を奪われながらも、耳はグルジの大きな声に向かう。

「ぶりーず、ぶりーず!!」

「わんもあ!!」

「ちゃっとわーり!!パンチャ、いんへーる!!」

はじめてアシュタンガヨガをした旅行者の生徒に、ヴィンヤサカウントをしながら太陽礼拝をイチから、違うなゼロから教えるグルジ。あんなにビッチリ、ずっと横付けで教えられてるなんて、あ、旅行者キツそう。

その時のグルジを彷彿とさせるシャラス先生の指導を、2007年に(当時あった)シャラス先生のスタジオで見た。どうやら娘さんがアシュタンガやってて、一緒にインド旅行に来たのかな?的な、70才くらいの男性に、シャラス先生は太陽礼拝を最初から教えていった。毎日変わっていくその男性。少しずつポーズが増えていき、一ヶ月後にはハーフプライマリーに手が届きそうだった。ノアに「グルジとシャラス先生の指導はセイムか?」と聞いたら「セイム」と答えた。

メインスタジオの前で、最初にデヴィッドスウェンソンを発見した時「あなたの本で僕はアシュタンガシークエンスを覚えたから、あなたは僕の先生です」って声かけたら、デヴィッドはグルジの部屋を指差して「僕らの先生は、あそこにしかいない」と言った。

お金をおろすのを忘れて初日にお金を払わなかった僕は、あとからグルジにフィーを払いに行った。そのときはまだ、お金を数える機械は無かった。僕はグルジに聞いた。「僕はアシュタンガヨガが好きだ。だから東京でクラスをしてる。インターネットで普及活動もしている。いいですか?」グルジは

「おーけー、おーけー」

そのあとも「どんどんやれ」みたいな事をおっしゃってた。グルジは、誰にでもそういう事を言ってくれるんだろう。

それでも、僕の中のオーサライズは、あの時終わった。帰り際にシャラス先生に「グルジがこう言ってたんだけど」と言ったら「あと何回か来なければならない」と言われた。あれから二度と、そういう事は言ってないし、これからも言わないだろう。だいたいあれから「あと2回」しかマイソールには行っていない。いつでも、行きたかった。

しばらくして、日本でのワークショップを終えてマイソール入りしたダルビーを筆頭に、次第に生徒が増え、2週間もしないうちに朝5時頃になるとスタジオの門の前に人が並ぶようになっていった。

のりゆき、えりちゃん、まきちゃんと、その時マイソールにいた4人の日本人で、一緒に新年を迎えた。のりと僕はグルジのスタジオ、えりちゃんはサラスワティ先生のスタジオ、まきちゃんはシャラス先生のスタジオに通っていた。その年、まるでそのつもりはなかったのに、いつのまにかアシュタンガヨガスタジオを渋谷に作っていた。アシュタンガヨガが好きだと思っていたら、どうやら「ヨガのコミュニティ」も相当好きになってたらしい。

あれからそろそろ6年目。去年から半年かけて監修させていただいた「アシュタンガ・ヨーガ 実践と探求(グレゴール・マーレ著)」という本が、産調出版から刊行される。TOKYOYOGAの4つ目のヨガスタジオ・TOKYOYOGA青山(アシュタンガヨガの講座もあります。1階はヨガショッピングやお茶ができるヨガコミニケーションスペース)も、同じ6/20(土)にオープンする。機をみて、特定のスタジオや団体に所属していない人でも「ヨガスタジオでレギュラークラス」を持てたりワークショップをできるように、すべてのヨガスタジオを「ヨガをする場所として」レンタルできるようにしていく予定です。

「アシュタンガ・ヨーガ 実践と探求」の監修作業は、解剖学に関してはクミちゃん、サンスクリットに関してはエミちゃんに協力してもらい、装丁デザインはヨガ手帳(9月ヨガフェスタで先行販売予定)の愛ちゃんにお願いした。この本の監修作業に関しては、僕を含めて全員ボランティア、そして全員、練習への向き合い方は個人個人違くても、いわゆる「アシュタンギ」だ。

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昨日の晩、最初にティーチャーズトレーニングを受けた先生である、ナンシー・ギルゴフの東京ワークショップを、僕のアシュタンガヨガの最初の先生である、ケン・ハラクマが運営するIYCの2階を借りてオーガナイズしてるときに、グルジの訃報を聞いた。

ケンさんとは、去年のヨガフェスタ以来に話した。ナンシーと、ナンシーのアシスタントの恵子さんと3人で、夜遅くレンタカーで荻窪から渋谷まで帰った。ナンシーは翌日から名古屋だけど、グルジがご逝去されたので長い夜になるんだろう。セブンイレブンで国際電話のカードを買っていた。来年も5月に行う予定だったナンシーの東京ワークショップも、いったん日程を白紙にした。現状は、来年の(グルジの命日となった)5/18以降に、ナンシーはインドから日本に来て、ワークショップをする予定です。

僕と言えば、翌日は妻の誕生日だったから、深夜に花でも買って伊豆に帰ってびっくりさせるつもりだったけど、無理して長距離運転すると危ないから、やめた。電話した。僕がアシュタンガにハマりすぎて、離婚をしそうにも何度かなったけど、いまでは妻も伊豆で、アシュタンガヨガやヴィンヤサの普及を、ヨガを媒介とするコミュニティを、その「可能性」をとても楽しんでいるようだ。

グルジ、ありがとうございます。グルジは、僕には、アシュタンガヨガとヴィンヤサと、先輩と仲間を与えてくださいました。あとは「自分」ですか?

みんな、大切にします。
合掌

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