松本くらによる神プラ定例ワークショップ2月は「呼吸」

ボディワーカーくらさんのワークショップ
(今回はキャンセルが出て、空きがあります!!あと一週間!!)

2月4日(日)14:30〜17:30
「吸い込む空気に酔っ払う・・・気持ちのいい呼吸が出来た時、私はこのフレーズを思い出します。からだじゅうに息が満ちる感覚を、一緒に楽しめたら嬉しいな。」

●参加費用 7,000円
●定員 16名
お申し込み:メールにて ws@tokyo-yoga.com へ件名に「くらさんWS参加希望」としてお申し込みください。
問い合わせ: ws@tokyo-yoga.com 03-5458-1082
当日は若干体を動かしますので、動きやすい服装をお持ちになってご参加ください。

■松本くら プロフィール
1958年 横浜生まれ。
東京大学文学部卒業後、からだとこころのバランスに関心を持ち日本及びインドでヨガを学ぶ。その後ボディワーク・呼吸法・断食・瞑想・アロマテラピー・エサレンマッサージ・クラニオセイクラルなど多方面から[健やかなからだ]へのアプローチを学び伊豆にてボディワークプロジェクト「リーラハウス」を立ち上げ個人セッションやヨガ教室をはじめボディワーカーのためのスクールや講座をプロデュース。
エサレン ボディワーク認定プラクティショナー AIAHS認定アロマテラピスト クラニオセイクラルバランシングアドバンス終了 日本アロマ環境協会認定アドバイザー
リーラハウス http://www.lierahouse.jp/index.html

全席「広ーい」ビジネス席、ANAがインド線で運航へ

(読売新聞 – 01月27日 19:21)

 全日本空輸は、9月に開設するインド線に、日本の航空会社で初めて全席を座席の広いビジネスクラスにした航空機「ANAビジネスジェット」を投入する。

 エコノミークラス換算で136席分のスペースがある小型機「ボーイング737―700ER型」をビジネスクラスのみ36席とする。

 全日空は2001年12月に需要低迷でインド線から撤退したが、日本企業の進出などでビジネス需要が高まったため、商都ムンバイ―成田線での再参入を決めた。

 ただ、中・大型機は空席が多くなる恐れがあり、座席数が少なく燃料代も節約できる小型機で需要を開拓する。毎日運航して利便性を高めて利益率の高いビジネス客を獲得し、採算ベースに乗せる戦略だ。安定した需要が見込めれば、エコノミークラスもある中型機に切り替える方針だ。

マイソール3週目

1/22
原付スクーターで、マイソール中心部へ。
「U.S.Pizza」の赤いピザ配達バイクに抜かされた。

最近「ヘルメット着用」が義務化されつつあるインド。僕が原付の免許を取った時はまだ、東京も原付はノーヘルOKだった。それで時速100キロとかでたんだっけ。「U.S.Pizza」は、ジャケットも配達用ケースも赤。少し茶色っぽい赤。

もすこし先へ行ったら、警官がバイクで二人で遊んでた。当然のようにノーヘルだった。

マイソール2週間目

1/22(月)
一週間休み、久しぶりにシャラートのシャラへ。
実はシャラートのシャラには、自分の練習と、もう一つの楽しみがある。

ちょうど同じ日にシャラート道場に「入門」したおじいさんがいる。
まだ話はした事ないけれど、たぶん70越えてるかな?欧米出身の人だと思う。

たぶん、アシュタンガヨガをマイソールに来て初めて経験したんだと思う。最初の日のスーリヤナマスカーラAから、シャラートが少しずつポーズを足しながら教えている。

「今日はどこまでやるのかな?」「このおじいさんに、シャラートはどうやって教えるのかな?」毎日、朝シャラに行くまで、自分の練習そっちのけで、これが気が気でならない(^^;

はじめてマイソールに来た時、シャラには12人位しかいなくて、たぶん初めてシャラでアシュタンガと出逢ったおじさんに、グルジが、サンスクリットでカウンティングしながら、そうやって教えていたのを思い出す。

「おじいさん」が「安心して」アシュタンガヨガのマイソールクラスに毎朝来れる環境。インストラクター。いろんな要素や人が絡まり合って、アシュタンガヨガの2007年1月。デビッドのWSの最終日の事も思い出した。

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12/15(金)
セカンドTT最終日。今日はカールとペアになって、スタンディング全部やった後に、セカンドのポーズ全部(マイソールでのセカンドレッドとは少し違う)を、順番に。

カールは、昨日ペアだったダニエルよりも、さらに大きくて、重さもある。190cm以上で、100キロくらいあるのかな?もうこのレベルだと、体重の見当もつかない。タリックを除いたら、初めてのサイズだ。いい経験になった。が、腰にはくる。「後に練習」をチョイスさせてもらったけど、バックベンド系はきつかった。

昼は、またスタジオ近くのサークルってヨガっぽいカフェでランチ。いろんな国の、ヨガとヨガスタジオ事情に拝聴。ティムのスタジオの事を話すと、TTでデビッドも「アシュタンガプラナヤーマならティムの所」みたいな事言ってたのもあって、みんな行きたがっていた。

午後は、生徒がトピックを立てての、まー雑談。どうしても「昔のグルジ」とか「昔のシャラ」とかの昔話が多くなる。こーゆー話は「オールドスクール(デビッドは自分でそう呼ぶ)」の人達からしか、聞けないからね。

1998年に、アシュタンガヨガの本をデビッドが出した時。「本出したけど、大丈夫ですか?」って聞いて、もし「ダメだ」って言われたら面倒だから(^^;グルジに本を送ったそうだ。で、電話で

デビ「本を送りました」

グルジ「イエス」

デビ「どうですか?」

グルジ「ワンバイワンバイワン、コレクト。ワンバイワンバイワンバイワン、インコレクト」

って言われたそうだ(^^;

その後、ワークショップに来た人がデビッドの本を持ってサインをお願いされた時に、本を開けたら、グルジの写真の周りに「グルジファミリー全員の」サインがしてあったそうな(^^; デビッドは、それを見て、一応「オッケーしてもらった」って事にしといてるらしい。でも、もし今またあーゆー本を書くとしたら、あれとは違う事を書くだろうと。来年、今度はアサナよりじゃない本を出すとも言ってた。また来年末には、リチャード、ティム、エディ、デビッドとかのメンバーで、アシュタンガヨガのカンファレンスをマサチューセッツで行う予定だとも言っていた。

「アシュタンガヨガは、怪我をするヨガ」って、ある意味での「誤解」も、欧米で最初に普及したアメリカでは、やっと解けてきているのかもしれない。「テーチャートレーニング」をしながら世界中を回って(この言葉の使用について、今の所は直接何も言われてないそうだ。言われたら「ヨガ&イマージェンシー」とかに変えよっかなって言ってた(^^;)、デビッドが「アシュタンガヨガの普及」に貢献した功績が、とても大きいのは事実だろう。

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先週、ノアとランチで隣になった時。また聞いた。

ち「グルジとシャラートは、セイムか?」
ノア「??」(そりゃ、ちがう人間だからね(^^;) 
  「ティーチング?」
ち「いえす」
ノア「セイム」

ついでに、もっと聞いた

ち「もうスタジオやらないの?」
(ノアは、ロスアンゼルスでとてもサクセスフルなアシュタンガスタジオを運営していた)
ノア「今はやらない。」
ち「どうして?」
ノア「レスポンシィビリティ。今は、楽だ。」
ち「ずっと?」
ノア「何年かしたら、またスタジオを開くだろう。でも、ハワイで。」

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グルジがメインのシャラに立っている間は、NOAもそこで練習をし続けるんだろう。
僕がシャラートの近くで練習をできる時間は、きっともっと長いんだろう。

(次回からしばらくは、去年末に行われたシャラート・リトリート@ゴア)

マイソール3日目

1/8(月)
マイソールで、今まで泊まった事のないキレイなホテルで、2度目の朝。

これが最後のバスタブかもしれん。練習ではなく長風呂の為に早く起きる。

だんだん使い慣れてきて書く文字も増えてきた「ほぼ日手帳」には「7:30ホテルを出る」とある。昨日シャラートには「8:15に来い。(シャラの)中では無く、外に」と言われた。ここからシャラまでは、交渉無しでリクシャに乗っり、昨日計ったら7分だった。「セイム、セイム」の言葉が頭の中をグルグル回る昨日の晩に、最後の粘りを見せるつもりで昨日書いたのだろう。

7:50
ホテルを出る。8:00ちょい前、シャラ前。練習終わったケンさんが座ってる。

「どっちにすんのぉ〜」
「どっちがいいっスかね〜」

グルジの娘サラスワティは、グルジと同じシャラで、遅い時間に教えている。

シャラートのシャラは、別の場所。僕はサラスワティの家に1ヵ月泊まってた事もあるし、寝坊してサラスワティタイムに「自由な」を練習させてもらった事もある。サラスワティは大好きだ。

8:20
お兄さんに連れられて、4人はシャラートのシャラに着いた。また場所が変わっていた。
シャラの前で、バンガロールからタクシーで一緒に来たマダムがシャラートを待っていた。

「あんた、なんでここにいんのよ?」
「この運命を受け入れる為に」

肩を抱かれるチャマ。

8:30
グルジのシャラでの指導を終えて、シャラートが来た。
シャラートのシャラは、15cm幅にマットを敷いて定員19人。シャラート用の椅子の横に、絨毯は敷かれてないけど、あと2枚マットが敷けるから、ギリギリ21人。フィニッシング用の小部屋もあるようだが、まだ行ってないから広さは不明。

アシュタンガヨガ総本山から、ちょっと離れた、小さなシャラ。

なんか、ここに来て良かったような気が着実にしてきた。3時間クラスやった後だけど、小さなシャラの中をシャラートは効率よく回ってる。観ている。

スーリヤナマスカーラのAやってる出だしは、昨日言われた「セイム」って言葉が、まるで「ソーハーム」呼吸のように「せー、むー、せー、むー」って流れていたのも事実だが、
練習を進めていったら、今日の朝までその意味を考えてた「セイム」が、すごくいい意味に感じられてきた。この小さなシャラで、シャラートに観てもらおう。シャラートの動きを観よう。こんな機会が無かったら、マイソールでシャラートのシャラには来れなかったかもしれない。絶対僕は、ラッキーだったんだ。言い聞かせてるわけじゃ、ホントにないんだ。

10:00
シャラを出たら、イクちゃんとヒロミちゃんに出くわした。

「Tinaの店に、これから行くの」
「Tinaの店は、移動したんだよ。あっち。一緒に朝ご飯食べてもいい?」
「あれ?チャマさん、どこにいたの?」
「シャラートのとこ」
「・・・」

マイソールは狭い。レジスターできなかった僕に、あと一週間はみんな優しいだろう。これもラッキーと言わずして、なんと言おう。

10:20
結局Tinaの店の新しい場所を発見できず「シャクティ」へ。前に来たときは「ケビンの店」がちょうどオープンした時だったけど、去年経営者が変わったらしい。ゴークラム内も、新しいアパートメントが続々建設中だ。

11:00すぎ
ノリが来て、さっそく肩を抱いてくれる。いいんだよ、いいんだよ、ありがとう。お兄さん強い子だから、大丈夫なんだよ。

インドでも、近代化を背景にかバイクのヘルメット着用が義務づけられつつある為(この「つつ」ってのがポイントで、かなりの人がカブってるんだけど、してない人も結構いる)、タリックとノリと3人でメットを買いにでかける。

大きなメット屋で、なんやかんやディスカウントしてサックリ買うノリ。
一番最初に寄った、路上販売のおっちゃんとこに戻って、結局そこで買う僕。
吟味と交渉を重ねた末に、タリックはさらに別の店へと去って行った。

13:00
ほぼ日手帳には「12時にシバのところでレンタルバイク」と書いてあるのだが、シバは「アフタヌーン」と言っていたはずだ。13:00到着。「セル付き」あ〜、なんていい響きだ。ゴアではちょっと大きめバイクだったので、久しぶりの原付スクーターは、ちょっと馬力も無く不安定で、恐いっちゃー恐い。35日で2200ルピー。マイソールの物価は、刻々と上昇している。

前のアパートに置いておいた物を、引き取らなければ。
ちゃま「もの、引き上げたいんだけど」
しば「いつがいい?」
ちゃま「明日は?」
しば「あさっては?アフタヌーン。セイムタイム」
ちゃま「おっけー。13時ね」
しば「12時」

やっぱりシバのアフタヌーンは「12時」だったのねと、確認完了。

13:45
前にマイソールにいたときに、ノリが毎日のようにきてたらしいお店でランチ。チャパティが上手いし、他も上手い。ノリはコミニュケーション能力が高いから、人間情報網を駆使して、いろいろ知ってる。くっついてかなきゃ。でもヨーロッパ帰りで日常生活の動きが欧米化されてるのか、よく片方の肩を「キュイっ」と上げて首を傾けるのが、この数年で特にバリバリ日本人化されてきた僕には、目に余る。

15:00
文句をいいながらも、そのノリに道を教えてもらってエスタのアパートへ。前のアパートの3軒隣。今日からここが、僕の1ヶ月ちょいの住処だ。

1年前に撮ったデビッドとエスタの2shot写真を、エスタの「7年もの」サムネールが出るまでにお茶わかせそうなノートPCにコピー。

18:00
本当に最後、のはずの風呂に浸かって、ホテルをチェックアウト。

18:30
かなり近所の「チャクラハウス」はゴビンダんちの隣。で、グレープジュースとトマトスープ代わる代わる飲みながら、福岡のヨーコちゃんとダベる。

20:30
そうだ。ランチに行く前に、イクちゃんとヒロミちゃんの住むアパートメントに、重いリュックを預かってもらってたんだ。どうりでパソコンが無いわけだ。

歩いて4分位の、そのアパートに、わざわざバイクに乗って1分で到着。今日借りたばっかだからね。「アシュタンガヨガのこれから!!」を朝まで激しく生トークしそうな勢いだったが、明日も練習あるので22:30帰宅。

家と、シャラと先生と、バイクが揃った。
あとは練習だぁ〜